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初めての小机城址市民の森 (2010.1.31)

31 1月

かっては港北区民であったにもかかわらず、同区の小机城址は未踏の地であった!

今日は頑張って電車利用で行ってみた。

電車利用の理由は、専用の駐車場がないこともあったが、

どうせ電車なら昼食を蕎麦屋で熱燗の誘惑も確かにあった!

朝9時過ぎに拙宅を出発し、JR横浜線の小机駅を目指す!

地図画像

場所はここ(赤いプッシュピン)JR横浜線小机駅の改札を出て左側(余り人が行かない寂しい方)

出口で下りて、線路に平行・鴨居方面に歩いて10分弱で入口に到着する。

㊧駅前から小机城址の森を臨む(真中の小高い森) 

㊨㊤入口の表示(これがなかったら入口が分からない) ㊨㊦入口の少し手前の案内板

 

P1030999

㊧根小谷:根小屋の意味ではなかろうか?しかしそれにしては少し狭いか?

今はきれいなトイレになっている。

 

先ずは本丸を目指す、途中の高低差は空堀や切岸のような所を通るため結構きつい。

 

P1040006

本丸につながる土橋(左右は結構深い空堀)

現状で空堀の幅は目測20m程度。

 

P1040009

小机城の解説

 

本丸曲輪には、何故かブルーシートが敷かれていた。最近作られたものだが鏑木門。

解説の中に「調査実績が少ないので断定できません…」と断りがあるのが謙虚かつ異彩!

 

P1040016

本丸から二の丸への土橋を堀底から撮影

この写真では分かりにくいが、本丸より二の丸の方がわずかに高いことから、

本丸・二の丸は自信のない解説とは逆なのかもしれない…。

二の丸曲輪 ここの解説にも「資料不足…断言できません」と

記載されているのが微笑ましい。

 

P1040025

二の丸より一段下がった「腰曲輪」または「帯曲輪」

解説では「井楼跡」とあった。

 

解説三種

 

P1040029

土橋 本丸と二の丸の間に空堀が2本ある、つまり2本の空堀の間は土塁である。

土塁の頂部は馬踏み状に広くなっており矢倉(櫓)があったということである。

写真は本丸とその馬踏みを結ぶ土橋。

 

P1040034

二の丸に一輪だけ咲いていた…

 

P1040042P1040040

㊧第三京浜で分断された所にある「富士仙元」 ㊨富士仙元の頂上にある石碑

ここは、現状の城址では一番高い所にあるので、物見櫓でもあったのかもしれない。

石碑には「富士仙元大菩薩」とある。文久年代(幕末)の作らしい。

 

 【小机城址俯瞰写真】

P1040044

第三京浜が堀切のように分断しているが、

右側の森が本丸、二の丸のある所で、左側の小高い所に富士仙元がある。

 

【オイラの勝手な考察】

住宅地にある城址としては、遺構が良く残っており一見の価値はある。

しかし、自信のない解説に現れているように、もう少し調査を行った上で

保存にも、もう少し費用を投じてほしい。

このままでは、いずれ踏み荒らされ風化してしまう危惧がある。

ただ、「市民の森」と銘打っているにもかかわらず、オイラが歩き回った

1時間余りの間、誰一人とも出会わなかった。

写真撮影の上では、人が居ないことは好都合であったが、

日曜日の日中に誰も訪れていない「市民の森」とはいったい何…?

 

【最後のお楽しみ】

P1040045 P1040046

小机駅付近の商店街の蕎麦屋で…と思って蕎麦屋を探したが、

残念ながら小机駅近くには蕎麦屋さんが一軒もありませんでした。

駅前の自転車屋のご主人に尋ねたら

「最後の一軒が一ヶ月前に店を閉じて、この辺には蕎麦屋がなくなってしまったよ!」

とのことで、写真の熱燗と天蕎麦は拙宅近くの「翁庵」で少し遅い昼食です。

 

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投稿者: : 2010年1月31日 投稿先 城址・城跡

 

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