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GW初日に大和市の庚申塔探しから厚木基地開放日へ!~前編~(2013.4/27)

27 4月

G.W.の初日である、特に出掛ける予定はなかったが、朝起きたら真青な空が広がり、

薫風が清々しく、こんな日に家にいるのはもったいないと出掛けました。

目的地は、「大和市の石仏」の管理人さん(以下Hさんと称す)にオフ会で教えて

いただいた大和市の庚申塚近くにある庚申塔と

その近辺の庚申塔を探すウォーキングとした。

距離にして拙宅から6km程あるので、自転車にしようとかとも思ったが、

数年前に施錠したままになっている自転車の鍵が見つからない、また見つかった

ところで、タイヤの空気は抜けているだろうし、あちこち錆びついているだろう。

ちょっと頑張って歩くことにした。

本当は車だと飲めないから他に選択肢がなかったのである。

log_trace130427

コースはこんな感じで、右下の赤丸が最初に訪れた島津自治会館前、

そこから北上して東名高速を潜った向こうの八雲神社の2箇所である。

最後の赤丸はGPS記録を止めたポイントであり、その中間の赤丸は

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この石碑があったところなので、印をつけておいた。

地図で調べたら、確かにこの前の細い道(滝山街道)を北上すると鶴林寺を

かすめて八王子街道となりその先はR16と合流し八王子に至る。

また、南下すると藤沢街道に合流し、藤沢駅前を経て鎌倉に至る道につながる。

いざ鎌倉という時に、八王子方面から駆け付ける街道であったのである。

話を時系列に戻そう!

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拙宅を出発しての通り掛かりのショットですが、ここがどこかわかりますか?

米国海軍の厚木基地正門前です。

正門は正面からの写真撮影が禁止されているので、少し行き過ぎて撮影しました。

人だかりがしているのがわかりますか?

実は、この後ろに延々と1km位の長蛇の列ができているのです。

すっかり忘れていましたが、今日は厚木基地の開放日でした。

入場は11時からというのに、この時は9時30分頃です、まだ1時間30分もあるのに

この並びです。11時頃には何kmの列になっているのでしょうか?

午後遅くになれば、並ばずとも入場できるでしょうから、後で来てみましょう!

ということで、オイラは先を急ぐことにしました。

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その先の東名高速を陸橋で渡っているときです、

下り線がびっしりと渋滞していました。9:57a.m.

さすがにG.W.の初日ですね!

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約1時間ひたすら歩いて最初の目的地「庚申塚交差点」に到着。 10:36a.m.

以前からここを通る度に何処に庚申塚があるのかとキョロキョロしていたが

どうもこの場所には庚申塚は無さそうである。

この交差点から西方向に300m程行った所に庚申塔がいくつかある筈である。

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オイラは左の道から歩いてきました、奥の建物が目印となる「島津自治会館」

自治会館の前に小さな墓地があって、その隣に庚申塔群がありました。 10:43a.m.

住所はHさんにお借りした資料よると:大和市深見1044

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向って左からご紹介しよう。左端は空の赤い祠に続いて地神塔

正面碑文:地神塔 講中

右側面碑文:文久元酉(1861)年八月社日 相刕高座郡深見邑島津

左側面碑文:天下泰平 五穀成就

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地神塔の右隣は木祠に入った地蔵尊、造立年代不明。

ここから右に庚申塔が4基並ぶ。

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左端から

笠付きの文字庚申塔、三申

正面碑文:奉納庚申供養 享保元丙申(1716)年十一月四日

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三申の表情まで残っている。

笠付きの文字庚申塔。左右側面には蓮の花が陽刻されている。

正面碑文:庚申供養 寛文十二壬子天二月吉日

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資料によると帝釈天立像の庚申塔、三申とある。

正面碑文:奉納庚申供養 元禄十七(1704)年申二月吉日。

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下の三申は何とかわかりますが、正面の碑文はほとんど読めません。

すべて資料からの引用です。

キルーク、バンの梵字に続いて奉納… 元禄五…十月吉日。

これが正しいとすると、元禄五十年はあり得ませんから元禄五壬申

(1692)年の造立ということになります。

一番右端の道祖神は省略して次の目的地に進みます。

DSCN1773

すごい天気です! 青い空に新緑が映えて、やわらかだけど紫外線だけは

強そうな日差しを補うように、乾いて冷たいそよ風が心地いい。

DSCN1775

畑仕事していた方に道順を聞いて八雲神社にたどり着けました。

拝殿の右側に何基か石造が立っています。

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右端から行きます。

6手合掌青面金剛像です。邪鬼を踏んでいます。

申はいないと思ったら右側面に一匹だけいます。

左には鶏がいるそうですが見落としました。

正面碑文:奉納 庚申供養 相刕深見村

右側面:天和四(1684)甲子天

左側面:二月吉日

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次も同様に6手合掌青面金剛像です。邪鬼、三申付き。

この子供のような青面金剛の顔つきはよく見る気がします。

右側面碑文:奉納庚申供養 相刕高座郡深見村

左側面碑文:宝永四(1707)丁亥天十月吉日

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次は文字庚申塔ですが、台座の部分に三申がある。

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万延元年の庚申の年に造立されたもので、青面金剛像から文字塔に移行する

過渡期の現象とみて良いのではないでしょうか?

ただ、よくあるように後世の人が台座と上の部分を取り違えている

可能性もあるので、勝手な推量かもしれません。

右側面碑文:万延紀元(1860)庚申十一月吉辰

左側面碑文:深見村一之関講中

 

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次も6手合掌青面金剛像です。

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邪鬼も申もいるようにも見えますが、欠損、侵食ではっきりわかりません。

資料には笠なし、三申とあり、邪鬼には触れていない。

笠も後載せという感じが強い。

右側面碑文:寛延三(1750)午天

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八雲神社で紹介する最後の庚申塔です。

自然石の文字庚申塔

裏面碑文:大正九(1920)年十一月吉日立之 一ノ関講中

前々回の庚申の年造立です。

エディターが重くなってきました。

昼食まで頑張って、厚木基地開放日は後編に譲ります。

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蕎麦屋でそば焼酎のそば湯割りをと探しましたが、蕎麦屋さんは見付からず、

近辺地図で確認すると、大和のオークシティーが意外と近い。

普段は車で来る場所なので、道順が違うが方向を定めて歩いてみる。

10分も歩かないうちに、畑や荒れた城跡の山林から、いきなり郊外型の

ショッピングセンターが現れた。

ここは、イオンとイトーヨーカドーの二大スーパーマーケットが

共同で作ったと思われる、巨大なショッピングセンターである。

後編に続きます!

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