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六会日大前駅から散歩(2013.4/29)

29 4月

G.W.前半の三連休は判で押したような日本晴れが続きました。

今日は三日目、起きてカーテンを開けるとやはり、ただ一言「快晴」!

大気は乾き、蒸し暑さは毛ほどもなく、家に閉じ籠る訳にはいかない。

以前計画だけして実行しなかったプロジェクトの中から選んでみた。

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六会日大前駅の西口から天神町、石川町、円行をぐるっと歩いてみた。

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小田急江ノ島線の六会日大前に到着 8:53a.m.

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最初の立寄りポイント「天神社」に到着 9:16a.m.

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藤沢は小さな神社でも必ずと言っていいほど石造が祀られており、庚申塔に

巡り合える可能性が高いのである。ここも、期待を裏切らず境内にありました。

右端は昭和六十一年造立の抱擁している双胎道祖神

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文字庚申塔:庚申供養塔、三申

正面碑文:日輪、月輪、庚申供養塔 天保三辰(1832)年□吉日

右側面碑文:東 とつか道 南 ふし沢

左側面碑文:西 大庭道 北 圓行道


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何個かに割れて補修された跡が見える、表面も剥離が進んでおり

原形が定かではないが、何となく6手合掌の青面金剛像のように見える。

右側面碑文:庚申塔 □□七 十月吉□

左側面碑文:相州高座郡石川村

正面下部には三申も見られる。


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6手合掌青面金剛像、三申

右側面碑文:□申供養塔

左側面碑文:宝暦八寅(1758)年十月吉日


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多分6手青面金剛像、三申

管理者が子供向けに「上ると危ない」旨の注意書きを縛り付けているので

腰から下がよく見えないが、残りの2臂は剥離したものと思われる。

碑文は剥離が進んでおり不明。


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ひときわ大きい6手青面金剛像、ショケラ、邪鬼、三申

正面碑文:享保二(1717)丁酉天 十一月吉日


天神社を抜けて住宅地の中を少し歩くと、引地川を渡る手前に自性院がある。

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六地蔵、宝篋印塔、無縫塔、無縁仏塔等があったが庚申塔は見当たらず。

お参りだけして次に向かった。 9:59a.m.


引地川を渡り坂道を上ると、この辺りにたくさんある佐波神社がある。

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佐波大明神 立派な唐風の向拝に鳳凰の彫刻がある。 10:08a.m.

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期待にたがわず、参道脇にずらりと並ぶ石造たち。

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鳥居の外に巨大な文字庚申塔、道標を兼ねる。

正面碑文:庚申塔

右側面碑文:右 あつき道

左側面碑文:安政四丁巳(1857)正月吉日 相州高座郡石川村


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鳥居をくぐって最初の庚申塔

6手青面金剛像、ショケラ、邪鬼、三申

碑文 正面右側:奉造庚申供養所(見間違いでなくば塔ではなく所)

正面左側:正徳六丙申(1716)天 正月吉日

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碑文に奉造立庚申供養攸(ユウと見えた)とあるので、庚申塔でよいと思うが

主尊は青面金剛ばかり見てきたオイラには勉強不足で分からない。

宝冠を頂き、光背もあり、右手には宝剣のようなものを持つ、菩薩だろうか…?

読者の方で分かる方がいらっしゃたら是非教えてください。

正面左側碑文:享保二酉(1717)九月九日

※余計な考察だが、攸という文字には「ところ」という意味がある。このひとつ前の庚申塔の碑文には庚申供養所と書かれていた。同じ意味で違う文字がつかわれただけではないだろうか…?多くは庚申供養塔若しくは庚申供養と記されているが「所」「攸」と書かれたものは初めて見た。この佐波大明神が供養所(攸)だったのか?


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彫が浅くてよく見えないが馬頭観世音と書かれている。

正面右側碑文:天保二卯(1831)年 石川村

左側碑文:十月吉日 馬持講中


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白苔で覆われて書体が変わっているが地神塔である。

右側面碑文:戊慶應四(1868)年 辰二月吉日(戊辰だけ横書き)

左側面碑文:石川村


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6手合掌青面金剛像、三申

右側面碑文:癸宝暦十三(1763)年 庚申講中八人 未十一月吉日

(これも癸未が横書き)

左側面碑文:相州高座郡石川村


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文字庚申塔

右側面碑文:嘉永四(1851)年辛亥歳四月吉日


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2基ほぼ同じものが並ぶ

正面碑文:奉納 佐波大明神

右側面碑文:文久二戌年壬二月吉祥日

左側面碑文:當村南原頭首□出長□


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住宅街と畑地の混在するようなところを少し歩いていると諏訪神社があった。

神社本殿より先に石造が納められている祠の方が先に見える。 10:57a.m.

手前の祠がお地蔵さんが2体、先の祠に庚申塔らしきものが見える。

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真中は双体道祖神、右のは「西国秩父坂東」とまで読める。

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6手青面金剛像、三申、邪鬼なのだが

表情が豊かに彫り込まれているので拡大写真を載せてみた。

青面金剛像はまるで歌舞伎の見得を切っているような活き活きとした表情が

面白いし、持物も左上手は宝珠なのか桃なのか見慣れないものを持っている。

右上手も鉤のような直角に曲がった見慣れない武器を持っている。

法鉤とでもいうのだろうか?

左前手も何かを持っているようにも見えるがよく分からない。

また、三申もそれぞれリズミカルに動きがあり面白い。

写真でも読めそうだが、正面碑文:奉納 享保三戊戌(1718)年 十一月吉日

こういう庚申塔ばかりだと、面白さ倍増しますね!

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諏訪神社の拝殿です。


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諏訪神社がコースの西端で、そこからは駅に向かって東方向にコースが戻る

感じになるが、方向だけで見当を付けて歩いていたら見覚えのある場所に出た。

ミモザ湘南台だった!目の前で気が付きました。 11:35a.m.


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最後の立寄りポイント「亀井神社」に到着。 11:53a.m.

この神社は境内も広く、身代わり不動様も併祀されているのに、

何故か庚申塔は一基も見つけられなかった。

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その代りと言っては何ですが、興味深いものを見つけました。

三片位に割れた自然石の文字石造ですが、つないで読んでみると

「疱瘡神鎮座」と読めませんか?

疱瘡神社というのがあるそうですが、私は初めて見ました。

しかし、割れているのではご利益薄そうですね…!


さて、駅も近くなり予定のコースも回り終り、お腹も空いてきました。

先ほどから蕎麦屋を見付けているのですが、ありません!

せっかく、車使わずここまで来たのだから、蕎麦屋でなくても昼間から飲ませて

くれる寿司屋でも居酒屋でもいいのですが、ありません。

中華レストランでビールか紹興酒でもいいかと思いましたが、

月曜日定休日とがっかりです。100歩譲ってファミレスで生ビールにしよう

とも思いましたが時間が時間なだけに、満席で席待ちの客がいるファミレスに

並ぶ気力はなかった。

かくなる故は、酒は帰って飲むとあきらめて、

オイラの大好きな「箱そば」が駅中にあったのを思い出して割り切りました。

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かき揚げ丼セット 540円 安く上がりました。蕎麦もご飯もおいしかったです。

ご馳走様でした! 12:28p.m.


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歩行データーです。

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歩数データーです。

お疲れ様でした!

あすから、G.W.は一旦終わり、また仕事です。

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