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月別アーカイブ: 11月 2013

白楽の六角橋商店街でイベントやってました!(2013.11/16)

東急東横線の白楽駅からほど近い「六角橋商店街」を目指して、

朝から出掛けた。もちろん昼食はどっかで飲もうという目論見。

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11時頃、目指す六角橋商店街に到着。

白楽駅に降り立つと駅前が騒ついており、

「商店街ツアー」なんて書かれた旗を持ったツアー客がいっぱいいた。

少しして、今日は商店街がイベントをやっている日だということが分かった。

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第3回 食べくら横丁 11月16日 11時から16時と書かれたポスターがあちこちに!

ど真ん中のストライクゾーンに訪れたことになる。

スタンプラリーもあるというので、早速メインの会場に向かう。

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会場ステージでは、生演奏でボーカルも入っており、模擬店がたくさん

出店しており、誘惑に逆らえず、模擬店の列に並ぶ。

現金は直接模擬店で使えないので、金券(rokka)を購入。

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1rokka=100円で購入して、モツ煮込み(2rokka)と酎ハイ(3rokka)×2で8rokka

写真の上の方に写っているのが残り2rokka金券(スタンプラリー応募券付)

結構、腹はくちたものの、ここまで来て有名な

「キッチン友」に行かない訳には行かないよね!

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仲見世通り入口から入る、奥の右側に目指す「キッチン友」の看板が見える。

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入口横のショーケースのメニュー

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料理が来るまでビールで間を持たす。 550円

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スペシャル友風焼き ライス付 900円

構造は、玉ねぎ>豚肉>パスタ麺>かぼちゃの天ぷら>ポテトフライ

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カニクリームコロッケ 750円

 

 

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白楽から神奈川大学経由で東白楽までの一駅散歩

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18,735歩でした。

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投稿者: : 2013年11月16日 投稿先 ウォーキング, グルメ, 商店街

 

海老名市の庚申塔探し-Ⅰ(本当にやる?)(2013.11/9)

先日、平日に海老名市役所に行く用事があったので、地下の売店で

「海老名の庚申塔」という資料本(400円)を買った。

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内容は充実した解説文(庚申縁起や講へのインタビュー記事等)

塔の一覧表(地区別・場所別・年代別)

庚申塔の場所がプロットされた地図、一塔一葉で写真付きで紹介されており

碑文についても細かく紹介されている。

価格の割には丁寧に創られた資料と思う。

地図は見開き2ページにわたる3分割なので、一瞥して

全体を掴むという訳にはいかないので、Google Mapに手書きで

見当つけた場所をプロットしたものを用意した。

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海老名市内には庚申塔だけで76基確認されたそうである。(平成8年当時)

先ずは、端っこからつぶしていこうと海老名市の北東の角から始めた。

よって、#53,54からである。

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住所は長ヲサ1077となっているが、いまの住所は柏ヶ谷1077となり、

この石材屋さんの道路際周辺にある筈であり、近辺探してみたが

享保五年の六臂合掌青面金剛像と万延元年の文字庚申塔

がどうしても見付からない。

一番最初から空振りでした。石材屋さんに聞いてみようと思ったが

お休みらしく、人のいる気配がなかったのであきらめて次へ進んだ。

次に目指したのは#57、相模大塚の駅の反対側。

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左は馬頭観世音、右が目指す庚申塔

資料によると、打切角柱、H50×W21×D18全高61cm、長ヲサ996、風化著しく

正面、左右の三面に猿がいるとあるが、当時より更に風化が進んでおり

猿も判別難しく、碑文に至ってはほとんど読めない。

誰かがお札を置いていた。場所は柏ヶ谷自治会館の前。

次は#49に向かう。

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これも、更にひどい状態であった。

真中のものがそうであるようだが、比較的交通量のある道路際に

廃材のように並べられており、風化と破壊が進んでいる。

資料によると、起舟形光背の地蔵立像、H62×W31全高62cm

造立は寛保元(1741)年十一月吉日、同行八人、主尊が地蔵菩薩であるものは

市内ではこの一基だけとあるが、何ともひどい状態である。

左端の丸っこいのが台座で大きく三片に割れている。

場所は、上今泉6-39-27とある。

#50に向かう。

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一度は通り過ぎてしまった、道路を歩いていたのでは全く見えない

写真のような小高い所にあった。石段を何段か登って初めて見える。

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写真のように下1/3程が剥離して、いるはずの三猿が脱落している。

資料によると、笠付角柱中区、H91×W30×D27全高116cm

碑文は正面に、奉造立庚申供養□□ □現世安穏後

右側に、延享三丙寅(1746)年 加藤惣左フ (他2名)

左面に、九月十二日(同じく加藤姓3名)

ウ~ム平成8年からだと17年の歳月が経過している訳だが、このままでは

後20年もしない内に殆んどの塔が、ただの石塊となってしまいそうですね!

残念です!

気を取り直して#47,48に向かう。

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資料によると、この常泉院の墓地にある無縁仏エリアにあるという。

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ここなのか?

立錐の余地なく無縁仏が置かれており、全く分からない。

資料写真の笠の形から見当を付けると、後ろの方にそれらしいのがあった。

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ほとんど見えないので断言はできないが、笠の形とわずかに読める碑文

からすると上の写真2枚がそうであろう。

上が#48、下が#47と思われるが、無縁仏に埋まって見えないとは…

資料内容を引用する。

#48;唐破風付角柱、H60×W25×D19全高91 青面金剛像 三面に三猿

右側は、申庚供養 相刕高座郡 上今泉村

左側は、享保元(1716)年丙申十一月廿八日

#47;唐破風付角柱、H75×W25×D15全高92 青面金剛像 三猿

右側は、旹(本当は山の下に土その下に日でトキと読むらしい)

元禄十三庚辰(1700)仲□(甘の下に友のような文字)念八日

※仲□(甘の下に友のような文字)で陰暦の五月を表すと資料にある。

※念は二十のことと資料にある。

※つまり、五月二十八日となる。

左側は、奉請庚申塔 願主今泉村永野二人 市川半衛門

星谷村田邊氏六人

次に向かう前に昼食とする。

予め調べておいた蕎麦屋から一番近そうなそば久さんに向かう。

帰りは海老名駅まで歩くついでに2箇所ほど見て歩く。

資料によると、板碑型、H108×W43全高118cmの文字塔

碑文は、寛文六季 夫神灵(霊?)必有感□□□同心

ウン(梵字) 一揆之善男庚申観□結願□視(竹冠に咸)

聴(竹冠に咸)言葉(竹冠に咸)者発願益欲衛二世之希望而己

午丙三月十六日 三猿 11人の氏名 国分村 柳田

場所;国分北2-6尼寺金堂跡

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#2;笠付角柱中区 H87×W24×D20全高107cmの文字塔

正面は、アーク(梵字)為庚申供養也 講中六人 三猿

右側は、アーク 享保五庚子(1720)年

左側は、アーク 十一月吉日

庚申堂の隣

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#3;笠付角柱中区 H87×W25×D15全高106cmの文字塔

正面は、ウン(梵字)庚申供養 六人 三猿

右側は、宝暦十庚辰(1760)天 金子源七 他2名

左側は、九月吉日 金子武衛門 他2名

庚申堂の隣

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#10;山状角柱 H67×W30×D27全高67cmの文字塔

正面は、庚申塔

右側は、東 江戸 南 藤沢(その他判読できない文字あり)道

左側は、西 大山 あつ木 道

裏側は、北 八王子 ほし野や 道

嘉永三庚戌(1850)年末□(火へんに禾へん秋の異字とある)

国分南1-19辻十字路

この横に#11の三猿の陽刻された台座だけがある筈だが見つからず。

資料には現在温故館に。とあるので温故館に保管されているのかも?

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#4;現相模国分寺の鐘楼のような所にあった。国分南1-25

舟形光背 H70×W35全高79の六臂合掌青面金剛像 邪鬼

天保三癸亥(1683)年 三月吉日

資料の写真と見比べると台座の自然石が変わっているようだ。

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#8;山状角柱 H53×W24.5×D20全高81 文字塔

正面は、バン(梵字)青面金剛塔 台座に薄く三猿

右側は、講中に続いて5名の氏名

左側は、文政十二己丑(1829)星(年)

十二月吉日 国分村 講中に続いて5名の氏名

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#18;円頭角柱 H65×W24×D21全高95 文字庚申塔

正面は、庚申塔 台座に三猿

右側は、明治廿二丑年二月二十三日 当村堂ノ下講中7名の氏名

現国分寺参道入口の大欅の根元


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歩数は18,018歩でした。

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