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日別アーカイブ: 2018年5月14日

玉川上水散歩(2018.5/14)

江戸時代に作られ、今も一部残る「玉川上水」を追いかけてみた。

承応元(1652)年、幕府は多摩川の水を江戸に引き入れる壮大な計画を立てました。設計書の検討及び実地調査の結果、工事請負人を庄右衛門、清右衛門兄弟に決定し、工事の総奉行に老中松平伊豆守信綱、水道奉行に伊奈半十郎忠治が命ぜられました。
工事は、承応2(1653)年4月4日に着工し、わずか8か月後の11月15日(この年は閏年で6月が2度あるため8か月となります。)、羽村取水口から四谷大木戸までの素掘り(崩れの補強を行わずに掘削すること)による水路が完成しました。全長約43キロメートル、標高差はわずか約92メートルの緩勾配(緩い傾斜)です。羽村からいくつかの段丘を這い上がるようにして武蔵野台地の稜(りょう)線(尾根:谷に挟まれた山頂など高い部分の連なり)に至り、そこから尾根筋を巧みに引き回して四谷大木戸まで到達する、自然流下方式による導水路です。
翌年6月には虎の門まで地下に石樋、木樋による配水管を布設し、江戸城をはじめ、四谷、麹町、赤坂の大地や芝、京橋方面に至る市内の南西部一帯に給水しました。
兄弟は褒章として玉川の姓を賜り、200石の扶持米と永代水役を命ぜられました。
以上はほぼ「上水記*」の記述によりますが、「玉川上水起元*」によれば、工事には2度の失敗があり、信綱の家臣で野火止用水の開削者安松金右衛門の設計により羽村に取水口を決定し、玉川上水成功に導いたとも言われています。

(東京都水道局HPより引用)

IMG_0216[1]

今回は全長43kmのうち羽村取水口から拝島日光橋までの約6kmを歩いてみた。

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拙宅から約2時間かけてJR青梅線の羽村駅に到着。10:30頃

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駅から約1km歩いて羽村取水口に到着。写真の左側が玉川上水の始点。

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分かりにくいがアーチ裏側にレンガ組の様子が少し見えている。表面はほとんどモルタルで上塗りされているのでレンガはほとんど見えない状態。(日光橋)

2時間20分ほどのウォーキングで7km10,844歩でした。

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