RSS

カテゴリー別アーカイブ: ウォーキング

節分の日に蓮光寺、熊野神社を再訪(2021.2/2)

神奈川県綾瀬市のWikipediaを見ると「観光地」の項目には以下の記載がある、

というか、これだけの記載しかない。

  • 蓮光寺
  • 五社神社
  • 長龍寺(大橋氏累代の墓碑群)
  • 遠山氏累代の墓石群
  • 熊野社本殿
  • 小園子之社本殿
  • 蓼川神社
  • 神崎遺跡

このクオリティにも寂しさを感じたが、蓮光寺、熊野社本殿はほぼ隣接と

言って良い程、近い位置関係にあり、かつ遠山氏累代の

墓石群は蓮光寺の墓所にある。

というような些細な理由で、かなり前にも訪ねた蓮光寺と熊野神社を

目的地にして、散歩することにした。

IMG_0516

以前も紹介した蓮光寺の二十三夜供養塔

何故だか二十三夜塔には惹かれてしまう。

IMG_0517

IMG_0518

遠山氏というのは、1590年というから安土桃山時代の末期に初代安則が

三百石高の武士から始まり、二代目は家康の旗本となり、

江戸時代は五百石の所領持ちとなり、約300年、10代に亘り、

上土棚一帯(この辺)を収めたようだ。

IMG_0528

次は熊野神社

茅葺の拝殿、少し高台にあるので周りの見晴らしがいい。

IMG_0526

参道口には天保八年の庚申塔他が4塔あるが、

これも以前紹介しているので割愛する。

ついでに、ここまで来たので以前奇妙な場所にあった庚申塔が

近くにあったのを思い出したので、訪れてみた。

IMG_0519

公道だか私道だか分からないが、養鶏場付帯の卵直売所の脇道で

舗装された5m幅の道路を歩いていくと

いきなり、工場の境界壁で行止りとなり、絵に描いたような袋小路の

脇にある道標、庚申塔、石祠の類。

東 江戸へ十里三丁五間

西 大山へ五里一丁三間

1里=36町(丁) 1町=60間 1間=181.81cmとすると江戸へは39km607m

大山までは19km750mとなる。

ざっくりと江戸と大山の間で2:1の距離に位置する中間地点ということになり、

地理的にもこの辺のどこかにあった道標であろう。

【参照】東京駅と大山山頂の2点をを直線で結んで、2:1に内分する点は、

現在で言えば小田急線の相模原駅付近となった。

あくまでも直線上の内分点であり、実距離は道のりとなるので

かなりの位置補正は必要となると思われる。

この日は127年に一度といったか、節分が2/2になる

珍しい年であり、となれば翌日は梅花も香る立春である。

IMG_0529

 

IMG_0530

 

IMG_0531

IMG_0532

かろうじて、メジロがフレームに収まった下2枚。

************************************



 

綾瀬市の庚申塔追加(2020.2/24)

綾瀬市の庚申塔については、このブログでコンプリートしていた筈であり、

現に綾瀬市教育委員会発行の文化財調査報告書 綾瀬の石造物(一)道祖神・

庚申塔に収められている庚申塔59本については、

綾瀬市の庚申塔再調査続編(2013.5/6)

https://dakusai.wordpress.com/2013/05/06/%e7%b6%be%e7%80%ac%e5%b8%82%e3%81%ae%e5%ba%9a%e7%94%b3%e5%a1%94%e5%86%8d%e8%aa%bf%e6%9f%bb%e7%b6%9a%e7%b7%a82013-56/

で、#10を除く58本の確認調査を完了していた。

ここに来て、庚申塔に関するブロッガーの方から、綾瀬市に新しい庚申塔が

見つかったという貴重な情報を頂いたので、確認のため現地を訪れた。

① 上土棚中4-7-24藤沢市との境に近い袋小路の路傍

情報をくれた方の調査によれば、近くの新道のトンネル出口付近にあった

ものが工事のために、ここの地主の方が移設したのだとか…。

ひょっとしたら、以前あった場所は綾瀬市ではなく藤沢市だったので、

綾瀬市の記録には無かったのかもしれない…!あくまでも勝手な想像です。

上土棚中

P1050200

公道か私道か分かりませんが、突然私有地の外壁で道路が行止りになります。

庚申塔を含む石像は突き当たり左の私有地内にありました。

P1050185

左から「西 大山へ五里一丁三間 東 江戸へ十里三丁五間」と彫られた道標。大山詣で盛んな折に大山街道の一つに設置されたものかもしれない。

次の円柱に傘がかぶっているものは、「奉納御寶○諸願成就」と読めるので、

何等かの大願成就の石像と思われる。見馴れない字が多いが明和六年造立か?

P1050189P1050188

 

その次は塞ノ神?

P1050198

一番万年塀側が文字庚申塔。

P1050194

上部に日輪月輪を頂いた文字庚申塔。

【左側面】十二月吉日

【右側面】文政七(1824)申年


② 次の綾瀬市早川の東名高速道路の下を交差する一般道にある庚申塔だが、

未確認だが教えていただいたものと、どうも異なるような気がする。

【教えていただいたもの】早川2911(地番)。東名アンダーパスの手前路傍。角柱「庚申塔」嘉永3年11月、道標とある。

【検討を付けて探し当てたもの】下の写真のものだが、どう探しても造立年月は

読み取れない。

P1050165

文字庚申塔だが、塔の字が下半分台座に埋まっているように見える。

思うに、台座はもともとなかったか、あったが破損して塔の安定が

悪くなったので、セメントで円柱形の台座を作り、固まる前に

塔をめり込ませて建てたのではないだろうか?

塔の素材に比べて台座のそれはかなり新しく見える。

左側面はかなり浸食激しく、はっきり読める文字は「方」「國分」のみなので

道標も兼ねていたのかもしれない。造立年月は読めなかったので、

教えていただいたのと異なるのではないかという疑問が湧いてきた。

早川東名下

この庚申塔はこの地図の黄色いマーカーのあたりにあった。

グーストで調べると庚申塔かどうかまでは判別できないが、赤いマーカーの

所にも、何らかの石像がある。ひょっとして、それが教えていただいたものか?

goost東名下1

これが赤いマーカー付近のグースト。

自分では確認していないが、角柱型の石像らしきものが写っている。

高架が東名高速で右が名古屋方面、左が東京方面、綾瀬市早川付近。

この石像が嘉永3年11月造立の庚申塔なら、オイラが見つけたものは?

1本東寄りのアンダーパス沿いにあったことになる。

goost東名下2

これがそのグースト。かなり小さいので見にくいが、不法投棄らしき粗大ごみ

の手前に小さい石像が確認できる。この庚申塔も綾瀬市発行の報告書には

載っていなかったと思う。

先ずは、嘉永3年の庚申塔を確認する必要がある。


③ 最後に、何回か確認している早川1471にある「峰の地蔵」の台座に「庚」の

文字が確認できるので、地蔵の庚申塔ではないだろうかということでした。

P1050183

この地蔵だと思うのだが、右側に文字庚申塔があるので、ここは確認済である。

よって、今日は地蔵の台座をつぶさに確認してみた。

P1050176

献花を除けさせてもらって台座を見てみたが、

オイラには「庚」の文字が浮き出てこなかった。

正面でなく、側面かと思って見てみたが、やはり見えない。

祠入りなので裏面は見えない。

早川1471

峯の地蔵の場所はここ。


④ おまけ

今回はコミュニティバスと歩きだけで移動したので、

歩数は18,000歩弱、時間は約6時間かかった。



**********************************************************