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カテゴリー別アーカイブ: 城址・城跡

滝山城址行っちきました。(2019.5/19)

遅ればせながら「滝山城址公園」行って来ました。

拙宅から車で高速使って1時間弱、下道でも余り変わらない予想だったが、

しばらく高速を走っていなかったので、愛車への労りから高速を使ってみた。

日曜日の早朝ということもあって、法定速度にセットしてACCで走っても

約50分程度で到着した。法定速度上限では周りの車は全て追い抜いて行った。

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無料の観光駐車場に車を停めた。

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登城口

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ゆっくりとめぐって1時間45分 4km 高低差85m

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公園内はよく整備されており、散策路も舗装率が高く歩きやすく、

案内板も各所にあるのに、思った所になかなか行けない。

まだ季節柄、気温は高くても風は清々しいので、ウォーキング日和だった。

もう少しすると高湿度になり虫が出てくるので、

服装や持ち物を工夫する必要があるかもしれない。

登城口と違う口から下城したが、出た所の滝山街道脇に庚申塔があった。

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かなり風化が進んでいるが多分6手合掌青面金剛像、台座に三猿

の庚申塔のようだが、彫られた文字はほとんど見えない。

かろうじて「施主」と「丹木村」だけが読める。

帰りはゆっくりと一般道で帰ろうということになり、

最初の寄り道は東京で唯一の道の駅「八王子滝山」で地元の野菜を購入、

昼食はどこで食べようか迷って結局カレー!

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やはり日曜日は道路が空いていて、車の移動がスムーズで楽である。

だだ、昼飲みができない、いいことばかりではない。

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藤沢村岡で寛文四の庚申塔を探す!(2019.3/9)

かなり久し振りのアップロードです。

気候もだいぶ春めいてきて、明日から天気が下り坂とのことで

寛文四年の庚申塔があるという、藤沢に向かった。

北条氏の城「玉縄城」の出城だった村岡城址公園のある村岡にあるそうだ。

JR藤沢駅北口から大船行きの江ノ電バスに乗ってバス停の数にして

3-4個目の小塚下車、バス通りを少し進んで、ガストとガソリンスタンドがある

交差点「高谷」を左折して100mほど進んだ右側の一般住宅の一画に

突然のようにコンクリートブロックで囲われていた。

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一目で左側が青面金剛の庚申塔であることが分かるが、右の石碑は見馴れない。

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慧誉浄戒法子というように読めるので、どなたかの墓石かもしれない。

年代も嘉永四(1851)と読めるので、幕末の頃の慰霊碑がなぜ???

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合掌している手が欠けているとすると、

かなり珍しい8手合掌青面像の庚申塔ということになる。

合掌していなければ、一般的な6手青面金剛像だが、合掌していない場合は

大体不動明王みたいに剣を上に向けて持っているかショケラをぶら下げている

のが普通であるので、やはり8手合掌なのかもしれない。

それと、造立年月が表面に彫られていないのも珍しい。

表面には願主の名が彫られている。

その願主名がどうも右側の墓石の戒名(法名)に似ているのである。

○誉浄会○と読める。

年代であるが、どこかに寛文四年と彫られているはずと思い見渡したが

どこにもない、まさか裏面にと思ったら、これまた珍しく裏に彫られていました。

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享保十乙巳(1725)年十一月日

高谷村弥勒堂八王山○

三界万霊有○○○

彫られている内容も一般的な庚申塔とはだいぶ異色であると思う。

普通は「奉庚申供養塔」とか「二世安楽」というような文字が多いのだけど…?

横の墓石のような石碑との関係もよくわからない。

それと、寛文四年という年号はどこにもない、これもよくわからない。

ガセネタだったのか、オイラが違う庚申塔を見てきたのか…???

昼食は藤沢駅近くまで戻ってカルネドールさんでランチいただきました。

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ロースかつ定食980円だったかな?

肉厚で柔らかくておいしかったです。ごちそうさまでした。

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