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鎌倉の御霊神社と五所神社(2014.4/13)

13 4月

ソメイヨシノも葉桜になってしまった4月中旬の日曜日、

鎌倉の長谷にある御霊神社と材木座にある五所神社に出掛けてみた。

両神社とも境内に庚申塔が数多く祀られているという。

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ルートは藤沢から江ノ電で長谷駅下車、御霊神社から鎌倉駅に向かって歩く、

下馬の交差点からさらに東に歩き五所神社の方に南下する。

五所神社からは九品寺などに寄道しながら若宮大路まで戻り

若宮大路を鶴岡八幡に向かって歩き、途中から小町通に抜けて

鎌倉駅に戻るという感じである。

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休憩も含め約5時間、10km弱、18,162歩でした。

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長谷駅到着が9:39a.m. 陽気がいいので朝から人出はすごい。

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5分ばかりの徒歩で御霊神社に到着。鳥居の直ぐ前を江ノ電が通る。

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先ずは立派な拝殿に参拝。

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境内の右奥に12基の庚申塔が並んでいます。

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①「青面金剛」と刻まれた自然石塔

天保十一子(1840)八月

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②庚申塔で良いのだろうか、塔の字がかなり見慣れない。

ずいぶん後になって、「塔」の字の土偏を旁の下に持ってきた変字と気が付いた。

結構悩んだ自分の頭の固さにあきれます。

造立年月日は記載なし。

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③唐風笠付き角柱型六臂合掌青面金剛像

邪鬼と二猿(三猿いるのかもしれないが確認できたのは二匹)

安永四未(1775)六月吉

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④侵食甚だしいが六臂合掌青面金剛像に見える。

邪鬼と猿も居るようである。

造立年等の刻文字は全くわからない。

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⑤自然石の「青面金剛」10年違うが①と同じ手に見える。

文政十三庚寅(1830)年四月吉日

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⑥六臂青面金剛像

ショケラを下げ邪気を踏む頭にはとぐろを巻く蛇?

彫が丁寧で左下手の指まできれいに彫られている。

台座には猿が三匹猿楽を踊っている。

文政八(1825)年酉十二月吉日

DSCN4667 拡大

(台座部分拡大)

 

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⑦自然石庚申供養塔

天保九戌(1838)八月吉日

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⑧ア 庚申

造立年月はどこを探しても見つからず。

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⑨六臂合掌青面金剛像

頭にとぐろまいた蛇、邪鬼を踏み、三猿、鶏

奉造立 庚申供養 享保八卯正月

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⑩自然石文字庚申塔

詳細不明

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⑪六臂合掌青面金剛像 三猿

庚申供養 正徳四甲午(1714)年七月吉祥日

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⑫六臂剣持青面金剛像 左右裏面に三猿

延宝元(1673)年十月二十四日

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拝殿横に飾られていた、矢的の当り跡

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御霊神社を後にして参道を下って行くと以前も訪れた「力餅家」

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もう2か月もするとこのアングルが満開のアジサイで有名になる。

google s.v.

長谷から鎌倉に向かって歩いている途中に寄場がありました。

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もう少し歩くと、交差点の名前にもなっている六地蔵

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次の目的地五所神社に到着

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境内の角場にズラリ並んでいました。

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三面八臂で猪の背に立つ摩利支天

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石造板塔婆 弘長二(1262)年 庚申塔より更に400年遡及する。

「元は感応寺の境内に建っていたが同寺が明治の初めの頃に廃寺となったため、ここに移されたものである。「新編相模国風土記稿」には「境内ニ倶利迦羅龍王ノ古碑アリ」と見える。この古碑はいま五所神社の境内にある弘長二年銘の板碑である。多くの板碑が秩父板岩であるのに、これは雲母変岩である。昭和初年までは下方の銘文全体が読める程度に立っていたが、いつの頃か銘文の下半部までを別に持ってきた台石の中に埋め込んでしまったため、下部の文字がみられない。頂部をわずかに欠いているが他はよく残っている。上部に横に深く二本の切り目を刻むこと一般の板碑と同じである。二重の輪郭をめぐらした中に、上部に連座形の天蓋を配し、これから垂れた轓形の瓔珞があり、中央には剣に巻きついた龍になぞらえて表現された大日如来をあらわす種子「バン」が蓮座上に直立する。「大日変じて不動となる」の意を表現したものという。下方に銘文は、昭和初年には次の如く読むことができた。 「一見卒都婆 永離三悪道 何況造立者 必生安楽國 弘長二年十一月廿日 右志者為○○○ 父母二親往生○○○」最後の二行の下部は風化がひどくて読めない。この板碑は不動信仰をあらわしたものとして鎌倉唯一のものであり、ほとんど完全に近い姿で残った鎌倉期板碑の標本ともいうべき貴重なものである。光明寺境内に立つ同石質の同板碑(碑面に阿弥陀如来をあらわす「キリク」を刻むもの)と対をなすものと考えられている。

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九品寺門前にあるミニチュア六地蔵

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